先見の明とでもいうべきか
行動記録の方をあさっていたら、開設して初めて投稿した記事を見たら驚いた。
>2004-12-24
>テーマ:ブログ
>
>ブログとやらをやってみる。
>できるだけ、これは知り合いに漏らさないようにする
彼らのことを意図して書いたのかは定かではないが、まるで無意識のうちに気付いていたとでもいうのだろうか。
http://ameblo.jp/coswata/entry-10000381106.html
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>できるだけ、これは知り合いに漏らさないようにする
彼らのことを意図して書いたのかは定かではないが、まるで無意識のうちに気付いていたとでもいうのだろうか。
http://ameblo.jp/coswata/entry-10000381106.html
- [2006/03/09 19:12]
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原則はあるのであろうか
この前の「過去の話」でDr.hさんが彼らの行動原理が理解できないと仰っていた。
そこで、彼らに対する怒りと対処を考えるため少々、考えてみた。このような記事である以上、メモ書きに近くなるのは仕方ないかな。
まずは、コメントにも書いた通り、一時的な楽しみを求め動いているのであろう。他に何ががあるだろうか。威勢を誇示でもしたいのだろうか。
分からない。短い時間ではあるが結構考えたつもりであったが。
やはり、何も考えていないとしか言いようがない。
となると、彼らに対する対処とやらはどうすればいいのだろうか。時に絡んでくる彼らに対しどうすればいいのでろうか。正直、対処に困っている。どの様な方策をとれば黙るのかと。
何も考えていないという事は、即ち目的がないのであろう。だとすると、彼らに何か目的を与えればいいのであろうか。いや、外部から与えられた目的など大した意味を持つ事はないか。
だとすると、力に訴えるのか。しかし、暴力という方策はとれない。犯罪だからではなく、人間社会では理性と言論によって、個々の構成員が責任と自覚を持ち解決するべきだと常に思っているからだ。それに自ら反する事など愚行の極みでしかない。それでは、彼らとやっている事は同じだ。感情に任せるという点で。行動は感情によってではなく、理性と論理によってなされるべきなのだから。
ならば、彼らと徹底的に話し合うとでもいうのか。だが、彼らと真面目に話したところで、所詮エネルギーの無駄使いになるだけだ。ならば、方策はないのか。権力に訴えるか。学校であれば教師にか。しかし、被害も何も出ていない以上、訴えたところで何も行動は起こせないだろう。だったら、何かあるのであろうか。
所詮、考えたところで上がりそうもない。
結局、彼らの流れにまかせ、機会を見て離れるというのと、絡まれないように注意するぐらいか。それしか見つからないな。ああ、何と言う悲しい現実。まあ、仕方ない。それが人生さ。まあ、考えるという事が重要なのかもしれないな。
そこで、彼らに対する怒りと対処を考えるため少々、考えてみた。このような記事である以上、メモ書きに近くなるのは仕方ないかな。
まずは、コメントにも書いた通り、一時的な楽しみを求め動いているのであろう。他に何ががあるだろうか。威勢を誇示でもしたいのだろうか。
分からない。短い時間ではあるが結構考えたつもりであったが。
やはり、何も考えていないとしか言いようがない。
となると、彼らに対する対処とやらはどうすればいいのだろうか。時に絡んでくる彼らに対しどうすればいいのでろうか。正直、対処に困っている。どの様な方策をとれば黙るのかと。
何も考えていないという事は、即ち目的がないのであろう。だとすると、彼らに何か目的を与えればいいのであろうか。いや、外部から与えられた目的など大した意味を持つ事はないか。
だとすると、力に訴えるのか。しかし、暴力という方策はとれない。犯罪だからではなく、人間社会では理性と言論によって、個々の構成員が責任と自覚を持ち解決するべきだと常に思っているからだ。それに自ら反する事など愚行の極みでしかない。それでは、彼らとやっている事は同じだ。感情に任せるという点で。行動は感情によってではなく、理性と論理によってなされるべきなのだから。
ならば、彼らと徹底的に話し合うとでもいうのか。だが、彼らと真面目に話したところで、所詮エネルギーの無駄使いになるだけだ。ならば、方策はないのか。権力に訴えるか。学校であれば教師にか。しかし、被害も何も出ていない以上、訴えたところで何も行動は起こせないだろう。だったら、何かあるのであろうか。
所詮、考えたところで上がりそうもない。
結局、彼らの流れにまかせ、機会を見て離れるというのと、絡まれないように注意するぐらいか。それしか見つからないな。ああ、何と言う悲しい現実。まあ、仕方ない。それが人生さ。まあ、考えるという事が重要なのかもしれないな。
- [2006/03/07 20:54]
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過去の話
一時期、コメントの受付を拒否していた頃がある。2005年の10月ごろから、11月の初めにかけてである。その頃のことを覚えている人は多分、いないのではないかと思うがあえて書きたいと思う。
当時、日報はアメブロ上にあり、現在とは比べ物にならないほど小さかった。しかし、日々細々と平穏に更新を続けていた。
そこに降りかかってきた災厄がスパムコメントであった。当時も業者のTBやコメントは来ていたが、あの時のコメントと比べれば可愛いものである。
当時、学校ではコンピューター室での授業が行われていた。そこで、数少ない自由時間を見つけては日報の更新に励んでいた。たまたま、それを見つけた輩がおり、何をやっているのかなど訊ねてきた。無論、それに快く答えた。更新を続けたいというの気持ちも有ったことは否定しないが。
そして、更新が終わりコメントの通知が来ていたので確認したら、その学校のIPアドレスで、スパムコメントがが着ていた。
非常に分かりやすい話である。先程、日報に関して訊ねてきた輩が、送ったものである。それを確認した瞬間思ったのは、第23軍の廃止であった。しかし、その場で決めたのはその連中との徹底対決であった。無論、今までの成果というものを消し去りたくなかったというのもある。
そして、コメントの受けつけ停止に踏み切った。実際、学校に対して匿名でメールを送信するかと思ったが、それはマナーもわきまえていない彼らには可哀そうなので行わなかったが、書いておいた。流石に、動揺したようで、それ以降、彼らからのスパムコメントは発生していない。
さて、ここで延々と述べてきた内容から結局何を言いたいのかという話だが。現在、爆発的に普及しているインターネットを使用する上において最低限度の社会的規範すら認識していない輩が使用することになると、どれだけの被害が発生するのかという事である。
一応、述べておくが、そのスパムコメントを送信してきた輩は、同じクラスの人間として見てきて残念ながら、人間としての最低限度の規範、また知性すら持ち合わせていないように感じる。無論、被害者の目線からの話ではあり、ある程度の過大評価ではあるがな。
さて、話を戻そう。このような事例は頻発している。そして、それをいかにして少なくするかが重要である。それには、ネットマナーの啓発のほかにも、多くの人々がもっと、情報化社会の一員としての規範意識を高める以外にないのであろう。いや、人間としての自覚かもしれないな。連中には。
http://ameblo.jp/coswata/archive2-200510.html
当時、日報はアメブロ上にあり、現在とは比べ物にならないほど小さかった。しかし、日々細々と平穏に更新を続けていた。
そこに降りかかってきた災厄がスパムコメントであった。当時も業者のTBやコメントは来ていたが、あの時のコメントと比べれば可愛いものである。
当時、学校ではコンピューター室での授業が行われていた。そこで、数少ない自由時間を見つけては日報の更新に励んでいた。たまたま、それを見つけた輩がおり、何をやっているのかなど訊ねてきた。無論、それに快く答えた。更新を続けたいというの気持ちも有ったことは否定しないが。
そして、更新が終わりコメントの通知が来ていたので確認したら、その学校のIPアドレスで、スパムコメントがが着ていた。
非常に分かりやすい話である。先程、日報に関して訊ねてきた輩が、送ったものである。それを確認した瞬間思ったのは、第23軍の廃止であった。しかし、その場で決めたのはその連中との徹底対決であった。無論、今までの成果というものを消し去りたくなかったというのもある。
そして、コメントの受けつけ停止に踏み切った。実際、学校に対して匿名でメールを送信するかと思ったが、それはマナーもわきまえていない彼らには可哀そうなので行わなかったが、書いておいた。流石に、動揺したようで、それ以降、彼らからのスパムコメントは発生していない。
さて、ここで延々と述べてきた内容から結局何を言いたいのかという話だが。現在、爆発的に普及しているインターネットを使用する上において最低限度の社会的規範すら認識していない輩が使用することになると、どれだけの被害が発生するのかという事である。
一応、述べておくが、そのスパムコメントを送信してきた輩は、同じクラスの人間として見てきて残念ながら、人間としての最低限度の規範、また知性すら持ち合わせていないように感じる。無論、被害者の目線からの話ではあり、ある程度の過大評価ではあるがな。
さて、話を戻そう。このような事例は頻発している。そして、それをいかにして少なくするかが重要である。それには、ネットマナーの啓発のほかにも、多くの人々がもっと、情報化社会の一員としての規範意識を高める以外にないのであろう。いや、人間としての自覚かもしれないな。連中には。
http://ameblo.jp/coswata/archive2-200510.html
- [2006/03/05 21:28]
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